わたしがフィリピン移住したわけ

わたしがフィリピン移住したわけ

私がフィリピン移住したわけ

こんにちは。さきめろです。

前回のブログで、
わたしとフィリピン大学留学との
出逢いをお話ししました。

1年間のフィリピン留学から帰ってきて、
待っていたのは辛い就職活動です。

私が帰国した時期は、大学4年生の4月。
ほとんど就職活動が終わっていました。

すでに大企業の採用は終了していたので
中小企業を中心に、てあたり次第にエントリーして
何十社も面接を受けました。

将来、海外とつながるお仕事がしたいと思ったけれど
内定をもらった会社はどこも海外とは無関係。
結果、待遇の良かった企業の内定をすべて断って
将来海外展開しそうなブラック企業に就職しました。

居酒屋とカフェを経営する京都のベンチャー企業で
入社2ヶ月でベーカリーカフェの店長になりました(強制)

▼ベーカリーカフェで働く私

朝は6時から、夜中まで働いて
寝不足と小麦粉のせいで肌はぼろぼろ
体重は3ヶ月で10キロ近く太り
足はむくみでで大根足のようになりました。

カフェで海外展開っていう目標があったので
企画を任せてもらえるまで頑張ろうと思い
ぎりぎりの状態で3ヶ月続けて結局、
『もうあきらめよう』ってなって退職を決意。

会社の社長は元ヤクザで
見た目も性格もものすごい怖かったので
逃げるように実家に帰り、後日退職届を提出しました。

社会人の大変さを痛感しました。
仕事はなくなったし、実家でしばらく考えて、

「東京に行こう!」

思って、東京の人事コンサルティング会社に
第二新卒で就職しました。

▼東京にいたころのわたし。

仕事は良い先輩方に恵まれてはいましたが、
始発から終電まで働くことも多く
上司から怒られることにおびえる毎日でした。

病院に行ったら軽度の鬱とまで言われ
食事のコントロールができなくて
夜中にお腹いっぱい食べて寝るという生活をしていました。

一方恋愛はというと、留学時代から付き合っていた
現在のアメリカ人夫と結婚を考えていました。
彼の故郷、アメリカで彼の両親に会うため
アメリカ旅行を2人で計画していました。

そこで上司に2週間の有給休暇を申請したところ
『新米のコンサルタントのくせに
こんな申請をするなんてありえない』
と言われ、申請書を突き返されました。

この時、
もう日本には住めないと感じ
退職を決意。

日本にいたら、日本の『ステレオタイプ』のせいで
一番大切な家族を大切にできないと思ったからです。
これが、私のフィリピン移住のきっかけです。

この後すぐに、退職届を提出。
3ヶ月後にフィリピンへ移住しました。

海外へ行きたいと思っている人
日本での働き方に疑問を抱いている人

今はそんな方々の相談に乗っています。
私と同じように悩んでいる人の背中を押して
勇気を与えられたらと思います。

ちなみに下の写真は、退職後に
モンタナ州にいる夫の家族に会いに行った時の写真。
この時、決断していなければ今の私はいません。
そう思うと本当、恐ろしい・・・。

 

sakimello

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